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読む宇宙旅行

ライター 林 公代 Kimiyo Hayashi ライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

2016年4月26日

火星模擬生活に選抜!元南極越冬隊員が語る
「極限環境でよく食べ・よく笑い・よく眠る極意」とは

映画「オデッセイ」で火星に一人残された植物学者のサバイバルが話題となり、日本でも火星の月(フォボス・ダイモス)からのサンプルリターン計画が注目される中、2016年9月、「地上の火星」で火星模擬生活実験がスタートする。計画は2段階。2016年9月からの80日間はアメリカ・ユタ州の砂漠で。翌2017年夏季の80日間は北極圏デボン島で。世界から3年間の選考過程を経て選抜された、7人のクルーが2年間で合計約160日間の火星生活をシミュレーション。この大規模な国際プロジェクト「Mars160」の副隊長に、村上祐資さんが選ばれたのだ!

村上さんは第50次日本南極地域観測隊に越冬隊員として参加。15か月間にわたり南極に滞在した。JAXAの閉鎖環境実験にも約100倍の高倍率から被験者に選ばれ、2004年に一週間参加している。いわば「極限生活のプロ」(自称プロのひきこもり!)である。そもそもは東京大学の博士課程で「極地建築」を学び「生きるための建築」をテーマとする極地建築家。村上さんにこの火星模擬生活の内容から、極限生活の極意まで伺いました。

火星模擬生活—何をするの?どんな人たちが参加?

まず「Mars160」は、一体何を目的にしたものなのか。「火星生活のシミュレーションです。実施母体はアメリカの民間団体「火星協会(The Mars Society)」で設立者は航空宇宙技術者ロバート・ズブリン氏。火星模擬生活では、彼が考案した有人火星探査計画『マーズ・ダイレクト』の火星往復4年間のうち初期の80日間を切り取って、できるだけ近い形で再現します。基地の大きさやクルーの人数もその計画に沿ったものですが、実際にやってみてないとどんなトラブルが起こるかわからない。チームダイナミクスを焦点に、問題点を洗い出すのが目的です」(村上さん)。

村上さんによれば、マーズ・ダイレクト計画はNASAが検証し、「火星に行くならこの計画」と認めたプランであり、映画「オデッセイ」も同プランがベースになっているとのこと。この実験結果もNASAにフィードバックされる。7人が暮らす基地は直径8m×高さ8.3mの円筒形。ロケットに搭載して運び、そのまま火星居住施設として使うことを想定しているそう。

ユタ州の火星模擬基地(右側)と村上さん。(提供:The Mars Society)

どんな人たちが参加するのだろう。「米国、ロシア、カナダ、フランス、イギリス、オーストラリア、日本から一人ずつで、男性4人女性3人。年齢は29歳~50代と幅広く、職業は生物学者や医者、ジャーナリスト、エンジニア。実は火星の模擬滞在実験はロシアの「MARS500」やハワイで実施中の「HI-SEAS」がありますが、いずれも国やジェンダー(性別)に偏りがある。「Mars160」はもっともバラエティに富んでいるのが特徴です」(村上さん)

2週間お風呂なし—火星生活とは?

実は村上さん、この「Mars160」選抜試験のため、2014年にユタ州の火星模擬基地MDRSに2週間滞在している。MDRSはユタ州ソルトレークシティの南東約350kmの砂漠地帯にあり、雨がめったに降らず「マーズ ライク テライン(火星のような場所)」と呼ばれる。

「ユタ州の国立公園内ですけど、赤茶けた植物がなく不毛な感じですね。乾燥していますが灼熱の砂漠でない点も火星に似ています。火星も寒いですから」(村上さん)

赤茶けた砂漠は、まるで火星。宇宙服を着て船外活動中のクルーたち。(提供:The Mars Society)

一日の生活は?「火星での宇宙飛行士の日常を行います。一日一回は2~3時間、宇宙服を着て船外活動をします。出入りにはエアロックを使い、3分間してから基地の外、つまり火星に出る。目的は探査だったり基地の保守点検だったり。基地の一階にはラボがあり、採取した試料の簡易的な分析をするための顕微鏡などがあります。基本的にはクルーでミッションを組み立てますが、1日一回は活動をサポートチームに報告します」

ユタ州の模擬火星基地の周辺は化石が多く、生物学的なミッションの模擬に最適の地だ。(提供:The Mars Society)
火星ローバー?で移動も。(提供:The Mars Society)

食料は缶詰やフリーズドライなどの保存食を支給される。基地の隣にグリーンハブがあり植物を育てた。水はタンクに貯められ、なくなれば補充してもらえるが、村上さんの時は選抜ということもあり、節水の意識が高かった。その結果、1日に使う量は一人当たり5リットル。シャワーもあるが、村上さんは2週間浴びなかったという!

「南極でも遠征に出ると2週間ぐらい浴びません。極地では常識です(笑)。南極も火星も乾燥しているのでそんなに匂わない。でも基地に戻って石鹸で手を洗った瞬間、自分が臭いことに気付くんです。だから1回でもシャワーを浴びたら、臭いとわかるのがこわかった。衣類も洗濯できないから着まわす。他の人に臭いと指摘されたら止めようと思いましたが、みんな『お前はなんで臭くないんだ。不思議だ』と言われてました」

基地2階のキッチン兼リビングルーム。(提供:The Mars Society)
火星模擬基地の前で。マーズ・ダイレクト計画でロケットに搭載できる大きさ。狭いながら個室やシャワーもある。(提供:The Mars Society)

ユタ州の基地生活では食料や水がなくなれば、サポート隊が買い出しに行って補給してくれるが、2年目の火星模擬生活の舞台となる北極圏デボン島ではそうはいかない。デボン島の平均気温はマイナス17度。紫外線が照り付け永久凍土層があり、クレーターもある。地球上でもっとも火星に近いと言われ、より厳しい生活になるはずだ。

「無関心事に気をつけろ」—南極越冬隊で得た極限生活の極意

今回の火星模擬生活について、村上さんは「僕の目的は単純です。『よく食べ、よく笑い、よく眠ること』。実はこれが一番難しい。宇宙とか極地で『生き延びること』自体が目的になると、次第に顔が怖くなりそんなにもたない。食べたり飲んだりは我慢できても、精神が死んでしまう。心身共に健康に、笑えるようにしないと。」

でもどうやって?と問うと村上さんは「いたずらです」とにやり。実際、火星模擬基地で選抜試験中、アピール合戦になりメンバー間にはギスギスしたムードが漂っていたそうだ。そこでオフの日に村上さんは映画作りを提案。こもりがちな人を前面に出し、船外活動が許されなかったメンバーとともに船外活動をするコメディ映画を作って、みんなの笑顔を取り戻した。(欄外リンク参照)

でも極限環境で空気がぴりぴりしているときに、いたずらするのは難しいのでは・・?「センスが必要です。空気を読みながら。僕も南極で失敗し実戦経験を積みましだ。いたずらをするときに気を付けているのは、『無関心事をなくす』ことです」。

無関心事。これが極限生活でキーの一つだと村上さんは言う。人となりはその人の関心事を聞いてもわからない。逆に『何に関心がないか』に現れる。「たとえばみんなが節水しているのに、シャワーで水を気にせず使うとか、食事に関心がないとか。水や食事に関心がある人にとっては、そこに無関心な人がいるとすごく気になるわけです」。だから、村上さんはメンバーをよく観察して、嫌がるポイントをおさえ「このいたずらなら誰も傷つけない」と納得してから行動にうつす。確かに、自分が無関心のうちにした行動や放った言葉が、知らないうちに人を傷つけているかもしれない、とはっとする。

村上さんが南極越冬隊で学んだ極限生活の極意は他にもある。たとえば「意志でできることは、たかが知れている」。「南極や宇宙に行きたいという人は意志が強く、やる気があれば何でもできると思っています。でもそういう考え方は案外もろいし、危険です。例えば南極で白夜や極夜があると眠れなくなる。寝ようと思っても意志の力では眠れません。意志は頭で考えること。それより気分をコントロールすることが大事なんです。つまり、身体と心です」

そして、8割の力で生活し頑張りすぎないこと。「僕も越冬隊に参加したころは力が入っていました。でも自然は過酷です。頑張ってもすぐに跳ね返されます。頑張りすぎてダウンするほうが迷惑をかけますから」

火星模擬生活の選抜試験中も村上さんは8割の力で、無関心事に気を配って暮らし、高評価を得て選ばれた。しかも副隊長という重要なポジションだ。「僕個人というより、日本の南極観測隊のやり方が宇宙で通用すると認められたようでうれしい」と言う。

南極で雪と氷に埋まったドラム缶を掘り起こしているところ。(提供:村上祐資さん)

究極の目的は月に建築物を作ること

今年9月から始まる火星模擬生活で楽しみにしていることは?と聞くと意外なことに考え込んだ村上さん。「南極に行く前も聞かれて迷ったんです。オーロラとかペンギンとか-50度の世界にも人並みに興味はあるけど、僕は建築家であり、一番関心があるのは『極限環境での暮らし方』や『人のふるまい方』なんです。どういうことで人は幸せを感じるかに興味がある。今回は副隊長として『よく食べ、笑い、眠る』ところにどう関与するかが自分にとってチャレンジです」

では火星に興味は?「人並みにはありますが、極限環境の一つとして火星がある。火星に行くって怖くないですか?おそらく火星や南極がどれだけ怖いかを僕は一般の人より深くわかっていると思います。何が怖いか?生きて帰ってこ れないリスクが高いことです。危機的な状況で地球スタッフと火星のクルーの間や、クルー同士の間で関係性がぷちっと切れてしまう瞬間があると思うから」。南極で危機的な状況を経験した村上さんは、軽々と「火星に行きたい」とは口にしない。

そもそも、村上さんが極地建築に興味を持ったのは大学生の時。子供のころ縄文時代の石器に興味をもち「生きるための道具を作りたい」と思っていた。人が生きるための一番大きな道具は家だ、と大学の建築学部に進学。ある日見た、雑誌の記事が転機となる。書かれていたのはアリゾナ州に作られた閉鎖生態系施設「バイオスフィア2」。宇宙で人間が生態系を作りサバイブできるかを実践する研究施設だ。「人が生きていくための建築に見えた。そうか、宇宙の建築をしよう!」と宇宙と建築がつながった。しかし、いくら頭の中で宇宙の建築物をイメージしてデザインしてもリアリティにかける。宇宙の家に何が必要か、自分が体感としてもっていない。「だからフィールドに出ることにしたんです」

村上さんの究極の目標は「月に建築物を作ること」。資源も労働力も限られる中、どう作るか。極地建築の第一歩として、ネパール地震後に支援用仮設住居「ダレデモドーム」をデザインし、現地に届けている。ホームセンターの材料でできてねじくぎを使わず結束バンドで止めるので子供でも組み立てられる。この4月末もネパールに飛んだ。

今年9月から始まる火星模擬生活中には、村上さんがパーソナリティを務めるラジオ番組と結んで中継を予定しているそう。火星とつなぐわけだから、通信時間遅れも再現する。火星からどんないたずらを報告してくれるか、楽しみだ。

ネパールに届けたダレデモドーム(提供:ダレデモドーム作り隊)
笑顔が印象的な、村上祐資さん。1978年生まれ、横浜出身の極地建築家。2016年9月から火星協会が実施する「Mars160」では7人の国際チームに副隊長として参加。ハワイで行われているNASAの火星模擬実験「HI-SEAS」の日本人唯一のファイナリストであり、今後参加する可能性も。(提供:The Mars Society)
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